活動報告詳細

第86回センバツ高校野球大会 広島新庄高校初出場
第86回選抜高校野球大会が甲子園球場で行われ、郷土広島県から広島新庄高校が初出場した。
1回戦に快勝。2回戦で延長15回引き分け再試合の熱戦を繰り広げたが、再試合で涙を飲んだ。
高校野球の長い歴史の中で春夏を通じて県北からの出場は初めてで、さわやかな風を運んでくれた。
○1回戦
新   庄 100 021 002|6
東海大三 000 000 000|0
新庄のエース・山岡の圧巻の投球だった。大舞台で堂々の2安打完封勝利。

右足を大きく振り上げるダイナミックなフォーム。球速130`台後半のストレートを投げ込む。
一回は三者連続三振とし、その後も要所でスライダーを効果的に使い、的を絞らせなかった。
先頭打者を出したのは1度だけ。13の奪三振、無四球で三塁を踏ませなかった。

打線は一回に1点を取り先制。五回には4連打で2点を追加、六回以降も3点を加えた。
応援一丸・歓喜の渦
「よくやった」「県北の誇りだ」。バス40台に分乗してやって来た学校関係者や保護者など
2千人が詰めかけたアルプススタンドは歓喜に包まれた。

○2回戦
桐生第一 000 000 010 000 000|1 
新   庄 100 000 000 000 000|1
新庄の山岡投手、桐生第一の山田投手は共に1失点15回を投げ抜いた。
選抜大会規程により引き分け再試合となった。

昨年7月28日の広島大会決勝戦。瀬戸内と対戦した新庄は息詰まる投手戦の末、
延長15回を0ー0で引き分け、2日後の再試合は1点差で敗れ悲願の甲子園出場を逃した。

1―1のまま、2時間25分で試合が終わると、3万人の大観衆から大きな拍手が起きた。
広島大会の決勝の再来のような一戦に、迫田監督は「甲子園で再び再試合とはねえ」と感想を述べた。
町長も駆け付け
スタンドには北広島町の箕野博司町長が、清水孝基副町長、野村常雄広島県議会議員と共に、声援を送った。

○2回戦再試合
新   庄 000 000 000|0 
桐生第一 100 000 30×|4
力の差を見せつけられた。延長十五回の末に1ー1で引き分けた桐生第一に完敗。
相手のマウンドには前日163球を投げた山田投手。低めにボールを集められ、わずか3安打に封じられた。

試合終了後迫田監督は「素晴らしいチームと甲子園で3度も戦えた。ここが新庄の第一歩となる」と表情は明るかった。
初戦の快勝、引き分けの熱戦、そして完敗…。県北勢として初めて踏み入れた甲子園の大舞台。この経験が夏への糧になる。
県人会・関同協も応援
豊松県人会会長、石井県大阪情報センター所長、佐藤関同協会長を始め、
多数の役員や会員が参加し、3試合とも、アルプススタンドで声援を送った。
1回戦、快勝に沸くアルプススタンド

新庄高校応援団
新庄高校応援団

1回戦、快勝に沸くアルプススタンド
県人会、関同協の応援

県人会、関同協の応援
北広島町長(右端)も応援

北広島町長(右端)も応援
応援のお礼の挨拶をする新庄ナイン

応援のお礼の挨拶をする新庄ナイン

広島新庄高校
1909年(明治42年)に広島新庄女学校として創立。
24年(大正13年)に広島県新庄中学校を開設し、2年後に文部大臣認可による広島県新庄中学校に昇格した。

48年(昭和23年)に男女共学の広島県新庄高等学校が発足し、07年(平成19年)に現在の校名に改称された。
「至誠」「質実剛健」「協力一致」の三つの校訓をもとに、「誠実さと志を追及する学校」を使命にしている。

野球部の創部は28年(昭和3年)頃。昨年まで春夏を通じて甲子園出場はなかったが、
13年夏の広島県大会では、決勝で延長15回引き分け再試合の熱戦を演じている。
昨秋の中国大会準優勝の実績でセンバツ初切符をつかんだ。

主な卒業生には永川勝浩(広島)、田口麗斗(巨人)らがいる。
広島県大阪情報センターに表敬訪問された広島新庄高校の久枝直校長(前列左から二人目)ら関係者の皆さん(3月5日)

広島県大阪情報センターに表敬訪問された
広島新庄高校の久枝直校長(前列左から二人目)ら関係者の皆さん(3月5日)

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